Research 研究

自分に向き合い、自分の土台をつくる

神学部淺野淳博 教授【前編】

新約聖書の著者の一人である、使徒パウロの書簡を研究

 私の研究は、新約聖書の中の筆者の一人、パウロの書簡の考察です。パウロ自身は元々ユダヤ教ファリサイ派でキリスト教を弾圧していましたが、あるとき「天から差し込む光に包まれた」ことを機にキリスト教に改宗、宣教者として地中海沿岸で教会を設立しながら旅しました。ユダヤ人だけの民族宗教からキリスト教を普遍的に広げた、つまり、キリスト教が世界宗教になるきっかけをつくった人と言えます。パウロが自分で書いた手紙は7~9通と言われています。その内容はパウロが建てた教会で起きた問題の解決策を指示するものや、共同体内の弱者の擁護などで、これらを研究することで、当時の人々の信仰の様子やキリスト教および教会と社会の関わり、パウロの思想などを知ることができます。

ポストコロニアル批評学とカルチュラル・スタディーズをも適用

 ゼミでの研究の一つの柱は、新約聖書の研究です。何をテーマにするのかは学生に任せています。研究手法は「ポストコロニアル批評学」「カルチュラル・スタディーズ」をも採用。新約聖書の分野で言えば「ローマ皇帝が主である」ローマ帝国では、「イエスが主である」キリスト教徒は異端的な存在で、圧力・迫害の対象となりえました。支配者と被支配者の関係や抵抗のエネルギーが何なのか、どう生き延びたのかなどを読み解きます。新約聖書は印刷技術が確立するまで、写本を繰り返して伝えられてきました。写本をした人が自分の解釈を書き加えたり、逆に文章を省いたりしたこともあったはずです。本来の姿は何であったかを探究しつつ、さまざまな知識を総動員して聖書や文献を解釈することが求められます。

複雑化する要因が絡み合う平和に関する課題を研究

 もう一つの柱が平和学です。新約聖書の研究と平和学は異なる学問ですが、「ポストコロニアル批評学」「カルチュラル・スタディーズ」という研究手法は複雑化した社会を読み解くのに有効な方法。現代社会が抱える諸問題には、幾つもの複雑な要因が絡みあっているため、社会を高度な視点から見ることを意識して、さまざまな分野の知識を総動員する研究手法が有効なのです。さらに新約聖書の愛敵思想は平和学に基礎を与えます。ゼミ生たちはこれらの手法を用いて、「日本の難民支援」「在日コリアンと日本社会」「ヘイトスピーチ」「沖縄基地問題」など多彩なテーマに取り組んでいます。ゼミは3・4年生一緒に開催。新約聖書、平和学を研究するゼミ生が交代で自分のテーマについて発表し、それに基づいて議論をするという形で進めています。

大学で自分の思想を育む

 皆さんにお聞きします。キリスト教の「贖罪」とは「イエスの犠牲によって人類の罪が償われ、人々が救われる」という意味です。しかし「誰かを犠牲にして他者の幸せが成り立つ」ことを倫理的に受け容れられますか。一方で例えばボランティア活動にも「自分の労力や財を犠牲にして人々に幸せを提供する」という側面があります。「誰かを犠牲にして他者の幸せが成り立つ」ことがはばかられる社会なら、ボランティア活動はやりにくくなりますね。私たちは安易な正義観や倫理観が不用意に人を傷つけることを知っています。だから、大人として自分の言動が何を意味するかを熟考することが必要となります。個人の意見はさまざまで正解はありませんが、自らの意見を持つためには、自分なりの土台が欠かせません。そのために大学は、広く読んで知識を広げ、深く思索して知識を自分の思想へと育てて行く場を皆さんに提供しています。

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