Research 研究

「絶対視の排除」が高次元の思索を生む

社会学部吉田寿夫 教授【前編】

人間の思考の“困った癖”をあぶり出す「クリシン」

 他者や自身を理解しようとするとき、私たちは決めつけや思い込みをしがちです。たとえば、何か事情があったかもしれないのに、ある人のあるときの行動や様子から、「この人は~な人だ」とか「この人は私のことを…と思っている」などと決めつけたり、ある人のことを「~な人だ」と思うと、それが維持されたり強められたりすることにつながる見方や考え方をしがちです。こうした“困った癖”は、ある意味、人の自然なさがだと言える、自動的・無意識的なものですが、往々にして人間関係を悪化させます。また、何かで失敗したときに、その原因が自分の能力不足や性格上の問題などにあると決めつけ、自分を激しく傷つけてしまうことや、そうとは限らないのに「どうせ私は~だ」と投げやりになってしまうようなこともあります。こうした“困った癖”にはどのようなものがあるのか、どのようなときに生じやすいのかなどについて、心理学的に研究するのが私の主要なテーマです。そして、このような研究をする中で、決めつけたり思い込んだりしている自分の思考に対して批判的に省察することであるクリティカル・シンキング(クリシン)について、認識を深めながら実践しています。

「それは本当に妥当か」徹底的に揺さぶる

 ゼミは、懇意にしている2人の心理学者が書いた、研究の仕方に関わる基本的な事柄に関する1冊の著書を、かなり長い時間をかけて、全員でじっくりと批判的に読むことから始めています。そして、それが終わったら各自が著者宛に手紙を書きます。例年、著者から1人ひとりに返信をいただいており、それを読むことによって認識をさらに進展させます。このような活動を通して、「テキストや論文などに書かれていることには問題がない」などといった考えを徹底的に揺さぶり崩すとともに、さまざまなことについて絶対視をせずに自分なりに考えることを促します。また、「考え方や話し合い方について考えたり話し合ったりしてから考えたり話し合ったりする」ということも強く促します。そして、自分(や他者)の思考に対して、安易に思考停止をせずに、「この考えには、このような問題がある」とか「でも、こういう可能性もあるから、こうとは言い切れない」などと判断保留的態度を持ってあれこれ考えることであるクリシンの定着・習慣化を図ります。ゼミ後に学生が「頭が疲れた~」と感じたら「しめしめ」です。

主体的・批判的に考える「市民」の育成が主な目的

 「普段は政府や組織といったお上の言うことを無批判に受け入れていながら、問題が生じたら不平ばかりを言う」ような人ではなく、社会がより望ましいであろう状態になるために主体的・批判的に考える「市民」を育成する。それが大学における公教育の主な使命だと思っています。ある意味、当然のことでしょうが、このような基本的なことを明確に意識しながら教育活動に従事するようになってきました。それから、「批判」という言葉から、クリシンについて「人の粗探しや難癖づけをすることだ」と誤解する人がいますが、人を攻撃する「非難」や人を排除する「否定」とは異なり、「批判」は、各自の認識を広げたり深めたりするために、お互いの、そして、本来的には自身の思考の問題点について検討することだと考えています。さらに、クリシンを身につけることは、冷静かつ柔軟に自分や他者を見つめ直して、良好な人間関係を築いたり、強いストレスがかかる可能性がある事態に適切に対処したりするための力を獲得することにつながるとも思っています。

社会にとって有用な人間になるために自分を磨く・過程について学ぶ

 皆さんは、なぜ勉強するのでしょうか? 良い(?)大学に入り、良い(?)ところに就職して、富や名声を得るためでしょうか。それとも、高い教養を身につけたり、人格的に優れた人間になるためでしょうか。さらには、生活に役立つ知識を得るためでしょうか。「これらの考えは間違いだ」とか「そんなふうに考えるべきではない」などと言うつもりはありません。けれども、私たちは、基本的に他者や社会とのつながりの中で生きているし、そうせざるを得ないものだと言えるでしょう。ですから、当然のことながら、互いに支え合ったり、協力したり、より望ましいであろう社会の構築に貢献したりする必要があると思います。そして、このようなことから、「他者や社会の役に立つ人間になるよう自分を磨くために学ぶ」という姿勢を強く持ってほしいと思っています。また、「学ぶ中で(すなわち、学生である内に)良い結果を出す・良い結果を得る」ということも大事でしょうが、それ以上に、「良い結果を出せるようになる(良い結果を得るために必要であろう姿勢・知識・スキルなどを獲得する)」ということが大切だと思います。そして、そのためには、先に述べたような「(考えたり話し合ったりする)過程についての学び」が非常に重要になると思います。

※後編は2020年2月4日に公開予定です。

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